始祖ラグンヒルド(前編)

船出

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884年3月、ノルウェーのリグジャビットから数多の船と、それを操るヴァイキング達が遠くの地を目指して旅立った。

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彼らの首領はラグンヒルドという女のヤルルだった。
彼女は数多の勇士を従え、船団でリガ湾からガルダリキに入った。ダウガヴァ川を遡り、ヴィテプスクの連水陸路で船を担いでドニエプル川を下り、キーウを経由して黒海に出る。

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「ヴァリャーグからギリシアへの道」の終端付近で彼らは西に向かい、そのままドナウ川を遡った。ブルガリア人達の領域を水路で通過し、ローマ帝国の時代にパンノニアと呼ばれていた大平原に辿り着いた。
ラグンヒルドが当時のヴァイキング活動の行われた主要な場所―西方であればブリテン諸島やフランス、イベリア沿岸、東方であればガルダリキからギリシアにおける交易路の途上―から外れ、なぜこの地を目指したのかは定かではない。
ともあれ、パンノニアには肥沃な大地が広がり、スカンディナビアよりもずっと農耕に適し生産力の高い土地であったのは事実である。
彼女は夢でこの地にオーディン神の鴉が飛び立つお告げを受けたのかもしれないし、葡萄酒を交易で手に入れるのではなく、自らの土地で葡萄を栽培することに大きな憧れを抱いたのかもしれない。

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Varangian Adventure CBにより、パンノニア平原の中のドナウ川中流・バラトンへの移住を狙う

ラグンヒルドはスラヴ人の族長コツェリに移住地の提供を求めた。

「我々は遠い地よりやってきた。どこかに移り住める場所はないか」
「土地は与えられない。交易には応じるが、定住は別の場所を探してほしい」

つい10年ほど前にアールモシュという男が率いるマジャル人の圧迫を受けていたスラヴ人は、新たな異民族を受け入れる余裕はなかったのである。それまでに大平原を支配していたアヴァール人達はマジャル人に駆逐され、後にハンガリーと呼ばれる新たな国が築かれようとしている最中であった。
申し出を断られたラグンヒルドは「では剣で手に入れるとしよう」と言って、彼女の兵団にスラヴ人の集落の制圧を命じた。

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スラヴ人たちも抵抗したが、質・量共に優位なヴァイキング達に鏖殺され、ついに降伏した。こうしてノルウェーから長い旅路を経たラグンヒルドは、大平原の西に新たな故郷を手に入れた。

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ショモジのヤルル、ラグンヒルド(ショモジはバラトンのマジャル語での地名である)

 

雌伏の時

f:id:holland_senbei:20220319111201p:plainカンタベリーなどの修道院は周辺の城・都市の数個分の富が略奪できることもある。防備も脆弱でヴァイキングにとっての「宝箱」だ

時間を少し巻き戻し、ラグンヒルドがノルウェーで力を蓄えていた時期について記す。
彼女の出自については判然としない。不詳の父より農場を受け継いだとも、とあるヤルルの愛妾が奸計により家を乗っ取ったとも言われるが、定かではない。
いずれにしても、ラグンヒルドは西のアングロサクソン人やフランク人と交易、あるいは略奪して富を溜め込んでいった。

 

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ラグンヒルドの夫は名をビョルゴルフの子フローリクといい、ノルウェーの北のハロガランドのヤルルを務めていた。
彼は三男で元々土地の相続は望めないはずだったが、兄2人が早くに亡くなったことで思いがけず夫婦共にヤルルとなっていた。

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Varangian Adventure CB発動時に発生するボーナス兵をなるべく増やすため、管理限界数を超えるペナルティを承知で5州まで直轄領を増やす

家同士の結びつきに重きをおく当時の社会にあって、出自も知れぬ女が妻となるのはスカンジナビアの人々にとって奇異に映ったはずである。
それでも、ラグンヒルドは己の才覚と夫からの援軍をもって、17年をかけてノルウェー沿岸の村落に勢力を拡大していった。そして膨れ上がった民衆の口を賄うために、温かで平らな広い土地を目指した。
寒くて狭く、斜面がちなスカンジナビアの土地では、彼女に付き従う人々の欲求を満たし続けることは難しかったのである。

 

臣従と隆盛

ラグンヒルドがショモジ(バラトン)に移り住んだ後に話を戻す。

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©Justin van Dyke,2007, visegrad,CC BY NC 2.0

「あそこにいる連中が、この大平原の主だ」
ラグンヒルドはヴィシェグラードの丘の上の砦を指し示しながら傍らのフローリクに言った。
「戦っても簡単には負けないだけの気概はある。だが……」
「彼らに勝つことは難しい。むしろ俺達が屈服させられる未来のほうが想像しやすい」
ラグンヒルドがうなずく。

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ver1.5でそれまでの散兵扱いではなく「Archer Cavalry」という新区分になった遊牧民の弓騎兵。基本の攻撃力が非常に高い上に平地で更にボーナスを受け、ただでさえ強力なこの兵種が重歩兵に対してカウンターを発生させる。ハスカールや古参ヴァリャーギが
主戦力となるノルド文化にとってはまさに天敵である

「彼らは強い。我々のように船を操り川や海を進むような力はないが、彼らは人馬一体となり走りながら矢の雨を降らせてくる。この平原で我らがそれに耐え続けることは難しいだろう」
フローリクもうなずいた。
「だからと言って降伏すれば奴隷として売られるだけだ」
「そうなる前に、彼らと交渉するしかない」
ラグンヒルドは丘を上っていく。フローリクもそれに続いた。

 

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謁見の間でひざまずいたラグンヒルドに対し、マジャル人達の王、アールモシュの子アールパードが告げる。
「よくぞ参られた。ラウマリキのラグンヒルドの奉仕を受け入れ、ショモジの支配を認めよう」
ラグンヒルドは恭しく頭を下げ、マジャル語で礼を述べた。
「我らを受け入れていただけたことに感謝申し上げます」
アールパードは鷹揚に笑みを浮かべてラグンヒルドを見下ろす。
「そなた達の武勇と知恵があれば、この地の支配を広げることも容易いことであろう」
「恐れ入ります」
ラグンヒルドも口元に微笑をたたえたまま応じる。
「ところで、ショモジの北やニトラの丘陵ではまだ多くのスラヴ人達が力を持っていると存じます」
アールパードは眉を上げた。
「彼らの土地も我々が切り取ることをお認めいただきたいのです」
「それはまた大胆なことだ」
「彼らの力は個々では我々よりも小さく、脆弱ですが、キリストの教えを受けた者たちの同盟は侮れません。彼らがフランク人達の争いに関わって消耗している今のうちに、叩き潰しておくべきです」
ラグンヒルドの言葉に、アールパードも満足げにうなずいた。

 

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ハンガリー王アールパードに臣従を誓い臣下となる。アールパードは多くの直轄領とハンガリー侵略時に発生するイベントMaAを保有する強力な王だ

 

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マジャル人のシャーマニズムに宗教転向。近隣に存在する宗教なので転向に必要な信仰点が-80%される

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アールパード王の下に降ったことをきっかけに、この地における新参者のヴァイキングたちは信じる神々を改めていった。
ヴァイキング達はもともと戦勝や豊穣、航海の安全、商いでの成功などを願ってトール神やフレイ神、オーディン神などを崇拝したが、その対象を黄金の父アラニ・オチャーチュカ、暁の母ハイナイ・オニャーチュカといったマジャル人の神々に変えることにさほど強い抵抗を示さなかった。
タールトシュと呼ばれる祭司がアールパード王より差し遣わされ、ラグンヒルドとその子達、そして彼らの下で戦う戦士たちも新たな神を奉じるようになった。

 

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その後892年から895年にかけて、ラグンヒルドは王に告げた通りスラヴ人達を追い払った。
バラトン湖の南側を失ったコツェリは北側のジェールからも放逐され、モラヴィア女王スラフカはニトラを奪われた。

 

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新たに手に入れたジェールの3州は次男ヴァルヨルフに、ニトラの4州はテメス公シャーンドル(ドナウ左岸のマジャル人首長)の娘ロージャを婚約させた三男ビョルゴルフに、それぞれ与えられた。

 

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また長男フラニにはアールパード王の娘イルディコーが嫁いでくることが決まり、ラウマリキの一族はこうしてマジャル人の支援を受けつつパンノニア北西の外縁部に領域を広げた。

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ショモジから北に向かって征服地を広げる

一方、夫のフローリクは妻と子がパンノニアに定住したのを見届けると家族と別れ、ノルウェーへと戻っていった。
ラグンヒルドは夫と離れ離れになることを惜しみつつも「互いの責務を果たすべきだ」と話すフローリクを押しとどめることはできず、クノール船でドナウ川を下っていく夫を見送った。

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ノルウェー北部のハロガランドは外交距離の範囲外となってしまった

「俺とお前が会えるのはこれが最後となってしまうだろう。だが俺たちの血を継ぐ子たちが必ずやこの地に根付くはずだ。俺はそう信じている」
こうしてフローリクは故郷のハロガランドに帰還し、その後そこで生涯を終えた。

 

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ドナウ川両岸のブルガリアとワラキアへの略奪を重ねることでヴァイキングとして恐れられるようになる

夫と別れた後、ラグンヒルドはドナウ下流域やギリシアでのヴァイキング活動を開始する。
彼らはヴァズマール布に馬や羊、スラヴ人奴隷の他、ドナウ上流より仕入れた陶器やガラス、貴金属などを船に積み込んだ。そして中世世界の貿易の結節点の1つ、赫々たるミクラガルドで絹や香辛料、工芸品などと交換した。
ただし多くのヴァイキング達がそうであったように、彼らは右手で銀を計る天秤を掲げながら、左手では両刃の剣を握っていた。遠征の道中で降りかかる火の粉を払うのは言うに及ばず、「正当な取引」を提案しても応じない相手に対しては、実力を行使することで取引を強要することもあった。
彼らは利益をあげるために暴力を振るうことをことさら好んでいた訳ではなかったが、躊躇うこともしなかった。

 

始祖ラグンヒルド(後編)へ続く